コンセール・ド・コテツ 終演しました。
ご来場くださったお客様、主催の小鉄先生、スタッフの皆様、そして共演の皆様、ありがとうございました。
個人的にはまだまだ課題の多い演奏でしたが、声が出る限り求めていきたいと思っております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます😊



三年ほど前、腎臓に進行性の遺伝子疾患(指定難病)があることがわかりました。
腎臓は機能を失ったら回復することのない臓器です。この先にはおそらく透析が待っているのだと思いますが、今は進行を少しでも遅らせるべく、数種類の薬を服用し、定期的に検診を受けています。
病気がわかって一年ほど経った頃、患者会の存在を知りました。
非公開チャットで繋がっていた患者本人やご家族たちの集まりとのことで、悩んだ末とりあえず情報収集と思って参加してみることにしました。
患者であるお子さんを持つこの会の代表は、お子さんを育てる中でこの疾患を知り、SNSに書き込んだことから少しずつつながりができていったということでした。
患者会運営について小さな提案をすると、それを取り入れたいとの答えで、それをきっかけに何度かメッセージのやり取りをし、真面目で精力的な人という好印象を持ちました。
そのうち会員の一人がちょっとしたトラブルを起こし、そのことで代表者によって巻き込まれるような形になってしまったのですが、当の代表ご本人からはなんのフォローもなく、困惑と疑問が残りはしたものの、事を荒立てたくない思いもありその場はそれで終わりました。
ただ、その後交流会で直接会って話をした時の様子や、ダイレクトメッセージのやり取り、非公開チャットでの投稿などを見ていても、一言で言えば他者への配慮のない言動が多く、自身にとって有益な情報には反応するが、異を唱えるものはすべてスルー、どんどん切り捨て、というところが次第にわかるようになっていきました。
自身の信念について物事を推し進める力は素晴らしいけど、そのための改善の指摘や提案には一切耳を傾けない、という態度が明らかでした。
私自身、嫌な思いがいくつか重なったため、退会するか、それとも情報収集のためだけに在籍し続けるか、そんなことを考えていたある日、代表を除いた運営の全員が、その会をやめて新しい会を作るという情報を得ました。それについて代表からは「引き継ぎでトラブルが生じ、警察や弁護士などが介入している」とのみで、詳細については語られませんでした。
辞めた人たちが新しく会を作るといっても、具体的に何が起きたのかわからなければ、今後の身の振り方を決めることもできないため、辞めた方にはダイレクトメッセージで、代表には会のチャット内で他の会員の方にも見える形でこれまでの経緯を尋ねました。辞めた方からはそれまでの経緯を聞くことができましたが、代表からはなんの回答もないどころか、ダイレクトメッセージを削除されたりSNSをブロックされたりして、説明を受けることはかないませんでした。
そんなこともあり、結局その会は退会しました。
退会後に、他の退会者たちと相談して、提供した個人情報の開示と消去の要請文をメールやダイレクトメッセージなどで送りました。
その文書を準備している最中、その代表の住まいに近いと思われる警察から電話が来ました。どうやらその代表が「コミュニティの中で脅された」というようなことを言って、私やその他同じように質問して回答を求めていた数人の氏名、連絡先等、伝えたとのことでした。ただ「これまでの経緯を説明してください」と言っていただけなのに。
個人情報消去の要請に対しても、いまだになんの返信も来ていません。ダイレクトメッセージはその後ブロックされてメッセージが送れないようになってしまっているようです。
そんなこんなで、この数ヶ月は本当に心身ともに疲弊しました。なんで患者会でこんな思いをしなければならないんだろう。
まだ続いているこの患者会、私はもう一切関わりたくありませんが、嫌な思いをする人が増えないようにとだけ、心から願っています。
父が健康診断で肺に影が見られたということで精密検査、結果肺がん。
若い頃からベビースモーカー、年をとって本数は減ってはきたものの、辞める気ゼロで、好きなものをやめたり、この歳になって手術などしたくない、服薬や対症療法で、なるべく今の日常を維持したい、という。
気持ちはわかるし、好きなようにさせてあげたい反面、やっぱりまだまだ元気でいてほしい。
それにいまの肺がんの手術はいくつか胸に穴を開けることでできるので、手術を受けて経過が良ければ数日で退院もできるし、日常生活に戻れる。
担当医からの説明も受け、思っていたほど体に負担もかからなさそうだとわかり、ようやく手術に前向きになりました。
いくつかの検査を経て手術を受け、術後の経過もよく2日で退院となりました。
退院後しばらくは順調に回復し、アルバイトにも行っていたほどでした。
でも、それからが大変でした。
術後から感じていた息苦しさとからだのかゆみ、初めの外来では手術とは関係ないでしょうと言われ(そんなわけあるか)、とくに対応はなく次回は内科に戻りましょうということになりました。
しかし息苦しさはどんどん増していき、痒いから体を掻くだけで息が切れたりするから、術後再開していた警備のアルバイトどころではなく、日常生活もままならないほどでした。
次の外来で息苦しさを訴えて検査をしてもらったところ、胸水が溜まっていることがわかり、再び入院し胸水を抜去、五泊入院の後退院。しかし息苦しさは改善せず、外来にて担当医に相談。酸素吸入をしながら回復を待つことになりましたが、まったく効果なく息苦しさはひどくなり、結局再び入院、検査の結果肺瘻により肺がきちんと膨らまない気胸の状態であるとのこと。ブドウ糖で肺瘻を塞ぎつつ回復を待ちました。この時は八泊の入院でした、
この入院での処置により、ようやく日常生活が戻ってきたようです。
とはいえ、再発怖いので、引き続き様子を見ていかなければなりません。
今の会社には足掛け20年在籍しています。
最初は派遣、次は契約社員、パートを経て現在は契約社員です。
部署も何度か変わりましたが、もう変わることはないだろうと思っていました。
パートの時は5時間勤務でしたが、諸々あってフルタイムの契約社員に切り替わり、そのタイミングで同部署の別グループに籍を置くことになり、仕事内容もかわりました。
そこでたまたま隣り合わせに座っていた女性契約社員、初めのうちは普通に話したりしてコミュニケーションが取れていたのですが、気を許してきたのか、どんどんおしゃべりが増えていきました。
当時、夕方のある時刻になると登録しなければならないデータがあって,私はその担当だったため、登録作業を始めるのですが、そのときに必ず話しかけてくる。この時間にはこの業務があるんですよと伝えても、すぐ忘れるのか数日後にはまた話しかけてくる。
それのみならず、朝の業務開始後には、前日から今朝までに起こったことの報告、昼休み明けには眠くてたまらないという愚痴、そして夕方、その合間合間にも突然始まりなかなか終わらないおしゃべりにだんだんウンザリしてきて、こちらからは話題の提供はせず、話しかけられた時のみ応じる、ただし仕事の手は止めずに(ひまだったのでしてるふり)、話の切れ目でパソコンに向き直る、という感じでやり過ごすようになりました。
私が座っていた座席がとても人通りの多い場所で落ち着かないこともあり、年度末の席替えのタイミングで、彼女の斜め前の席に移動させてもらいました。
席が変わって三週間ほど経過したある朝、彼女と私の対角線上に不自然な位置で止まるクリアファイルが目に入りました。ちょうど目の高さのあたりで止まっていて、まるで顔を見ることを避けているかのようでした。
周りに相談しても、そんなつもりじゃないんじゃない?とまったくの他人事。試しにちょっと座る位置を変えてわざと視界に入るように座ってみたりしましたが、私が離席したタイミングで目隠しの位置が変えられ、顔が見えないようになっていました。
実際に挨拶しても無視、仕事の話をしても聞こえないふり、という状況が続き、次第に心が追い詰められていきました。
胃痛により食事が摂れないばかりか、毎朝電車で会社の最寄駅に近づくにつれ胃痛が激しくなって引き返したり、駅で過呼吸のようになってしまったりで、もう無理だと思い上司に相談、異動の願いを出しました。
そこから三ヶ月余りかかりましたが、10月になってようやく異動の希望が叶いました。
ただ、このことによって業務量がそれまでの三倍以上に増え(前が暇すぎた)、違う意味で心身ともに余裕がなくなったのも事実ですが、皆忙しくてそんな陰湿な嫌がらせを考える暇もないので、気分的にはずいぶん楽になったのも事実です。
移動から半年,仕事にも慣れてきて、少しずつまたペースを作っていかれたらと思います。
いろいろなことがあった10ヶ月でした。
まず猫のコマちゃんのこと。
一年余り前から首の左右が腫れてきました。
場所が場所だけにとても怖かったので、動物病院へいき、ステロイド服用で様子見。もともと鼻炎もあったので、そちらの改善も期待しながら。
毎週のように病院へ通って診察、注射、薬の服用を続けてもなかなか改善せず、リンパ腫の疑いについてずっと伝え続けたけれど、しこりに固さがないのでリンパ腫ではないと思う、となかなか検査してもらえませんでした。
15年前に虹の橋を渡ったハナがリンパ腫だったので、その怖さはよく知っていました。あんな思いはもうしたくなかった。
良い時悪い時を繰り返して四ヶ月ほど経過したある日、お腹がパンパンに膨れていることに気づき、検査をすると胃捻転の可能性ありということで検査、その際の処置で胃に溜まったガスを抜いてもらいました。鼻炎による鼻詰まりで必要以上に息を吸い込んでしまうことで胃にガスが溜まり、お尻詰まった便がかたくなって栓をしてしまっているため、どんどん溜まっていったのだろうということでした。
一度ガスを抜いてもその状態を繰り返し、嘔吐や食欲減退、また鼻詰まりで呼吸が苦しそうな状態が続き、夜間診療にいったり、かかりつけ医が休みの日には他の病院で診てもらったりしました。
そのじょうたいになってようやく次の詳しい検査に進み、そこで言われたのがリンパ腫の可能性大、ということでした。
確定のため大きな検査施設でCTをとり、腫瘍と頭蓋骨の一部の融解が見られました。
動物病院に診察結果と接種した細胞などを届けようとすると、もう受付時間は過ぎているので、(翌日は休院のため)翌々日に持ってきてくれ、とのこと。これまでの対応への不信感が限界にきて、病院を変えることにしました。
ガスが溜まったときにたまたま他院で受診したのですが、その病院が年末年始以外毎日開院していること、昼休み時間でも受け付けてくれること(別料金あり)、医師やスタッフが多く、たくさんの目があること、さらにその時に診てくださった先生が非常に良い対応をしてくださったことで、電話でこれまでの経緯説明をしたうえで検査結果を持って病院へいき、院長先生と話をしました。
腫瘍専門の先生がいるが、その日は休みだということで、翌日再び来院し、これまでの経緯と前にリンパ腫で亡くしたハナちゃんのことを話して、あまり辛い思いはさせたくないと話すうちに涙が出てきました。すると先生は「こういう重い話はここでだけにして、ここでだけ治療の話とかつらい話をしましょう、こういう話はあの子には聞かせないようにしましょう。重い空気とか伝わっちゃいますからね。あの子が気持ちよくいられるようにしましょう。」と話してくださり、また涙。
CTの時に採取した検体でしっかり検査をし、猫としてはとても珍しいリンパ腫でしたが、初めに想定していた絶望的な状況ではないことがわかり、これでようやく必要な治療のスタート地点に立つことができました。
プロトコルに則った抗がん剤治療はひと通り終えて、今は追加の段階で様子見をしています。
途中副作用が重なって状態が悪い時もありましたが、どんどん解放に向かっているようです。
また、鼻炎の鼻水鼻詰まりについても検査をして別途アプローチをしていて、そちらも効き目が出てきていて、呼吸も鼻も安定していて快適に過ごしているように見えます。
まだもう少し治療は続きそうですが、お腹とお尻のポンポンをしてもらって、とても気持ちよさそうにしている姿に幸せを感じる毎日、こんな日が続くようにしっかりと様子を見ながら、気を配って行きたいと思います😊


